<Lily of the valley-絶望の淵で出逢った小さな温かい光>





薄暗くてひんやりした湧水洞を殆ど口を開く事もなく進んでいく。
途中何度か魔物と遭遇して戦闘になったけど、苦もなくやり過ごせていた。
戦闘は苦じゃなかった。俺にとっての苦は、洞窟を抜けた先で出逢う筈の<あの人>に何を言われる
のかが不安で怖かった事だった。
光が差し込んでくる洞窟の入り口まで後少しという時に、ガイが俺を呼んだ。
その声は普段どおりで、俺はガイの後姿を見て顔を歪めてしまった。

「ルーク。俺はお前が罪を認めようと認めまいとずっと傍に居るから、な」

そう言ったガイは何処までも真剣な表情をしていた。
告げられた言葉が身体の隅々まで染み込んでいって俺の身体を温かくしてくれる。

ユリアシティでアッシュと一緒に歩いて行ってしまったガイに、俺はあの時初めて裏切られたという感
じがした。

ガイなら、ガイだけなら俺の傍に居てくれると信じていたのに。

そう考えていたから、ガイが隣から居なくなってしまった時は本当に愕然とするしかなかった。
でもそれは間違いだったんだなぁって思う。
だってこうしてガイは俺のところに戻ってきてくれたから。
あの時感じてしまった事をガイに謝ろうか。
少しでも疑ったりしてごめん、て。
あぁ、でもここでガイに甘えちゃいけないんだった。
直ぐに忘れそうになる自分で自分に課した戒め。
<この世界のガイ>は<俺の知ってるガイ>じゃない。

またガイの事を傷つけるような事を言おうとした時、ガイがすっと寄って来て俺を突然ぎゅうって抱き締
めてきた。ちょっ、ティアの居る目の前で何してんだよ!慌てて引き離そうとしても俺よりも力の強いガ
イの腕の中から逃れられる筈も無く。突き刺さるティアの視線を感じながら俺はガイにされるがままに
なっていた。暫くして満足したのかガイが俺から離れた。服に押し付けられて呼吸し難かった分をぷは
ぁ、と思い切り酸素補給してそれからガイを軽く睨む。ガイはごめんと言いながら笑ってる。

何時も通り過ぎるガイの様子に、俺も思わず頬が緩みかけた。

その時だった。



「もう直ぐ旦那が来るな。・・・頑張るんだぞ、ルーク」

「え・・・?」

ティアには聴き取られないように最低限に抑えられたガイの声が鼓膜に響く。
目を見開いて固まった俺に背を向け、ガイがティアに話しかける。

「ティア、悪いけど野暮用を思い出したんでちょっと抜けるな。ルークを頼む」

「え、ちょ、が、ガイ・・・?!」

ティアが呼び止める間もなく、ガイは洞窟の入り口へと駆けて行き姿を光の中へ消した。思考回路がフ
リーズしていたのか、ティアはガイを捕まえようと伸ばした腕を上げたままだったのを漸く下ろして、俺
を見た。

「ガイの用事の事、貴方何か知ってるの?」

言葉無く俺が首を横に振る。ティアはそう、と呟いてガイの消えた方向へ歩を進めだした。歩くティアを
追いかけるように勝手に足が動く。
けれど俺の頭の中は混乱しきっていた。
ここでガイがパーティーから外れるなんて有り得ない。記憶と違う。
そもそも何でガイはジェイドがアラミス湧水洞に来ることを知っていたんだ。
それに、そうだ。ユリアシティの会議室でテオドーロさんが言っていたことも気に掛かる。
どんどん謎が増えてくる。

思考がパニック状態で悲鳴を上げたまま俺は太陽の光が当たる外へと出た。
入り口からは細い地面を慣らされた程度の道があった。

その上を青い軍服に身を包んだ長身の男と、もう一人の男が歩いてこちらへ向かってきていた。

「丁度いいタイミングでしたね」

一定の距離を置いた場所で立ち止まったジェイドがそう言った。
その隣には―――

「ガイ?貴方用事があったんじゃ・・・」

「用事・・・?いや、そんなものは無いけど」

ティアが口走った事を金髪を揺らしてガイが否定した。

「え、だって今・・・」

「勘違いじゃないか?俺はここに初めて、ついでに言うと今来たよ」

困惑して口篭るティアにそう言ってガイはジェイドに何かを耳打ちをした。
その様子を俺はぼんやり見ていた。



もう訳が解らない。

今初めてここへ来たのであれば、あの時洞窟の中で待ってくれていたガイは一体何だったんだって言
うんだ。

まさかガイの複製品な筈はないし。
第一複製品だったら記憶は無いだろう。
あの時のガイはちゃんと記憶があった・・・と思う。口振りからして。



暫く小声で話していたガイが、ちらりと俺に視線を投げてきた。
それに気が付いて顔を上げたとき、俺は息を呑んだ。



冷たく身も凍るような凍てついた蒼の瞳。

それは洞窟内で笑っていたガイのものとは到底思えなかった。

向けられた視線は<この世界>に来てはじめて俺に向けられた時のガイの視線と同じだった。

ユリアシティでアッシュの隣へ歩いて行ったガイの目。

少し前まで一緒に居たガイとはまるで別人のよう。



一瞬だけ向けられた視線に、俺は射竦められて動けなくなってしまった。
恐怖が足下からじわじわと再び這い上がってくる。

まるで狂気を宿したように暗く光る青い瞳。

でもその青い瞳は俺以外を映し出す時はとても穏やかなものになっていた。実際、ティアと話している
今のガイは普段と変わらない雰囲気を纏っていた。固まっている俺を置いて、話が進められていく。
教会に捕らえられたイオンとナタリアを助けに行く算段を話しながら、三人はダアトに向けて歩き出した。

「なぁ、俺は・・・どうするんだよ」

俺が震える声を振り絞って呼びかけると、話していた三種の声音がピタリと聴こえなくなった。
ジェイドは目を細めて俺を見て

「貴方が居たところで足手纏いになりそうなので、私としては来て欲しくは無いのですが」

「アッシュだったらもう少し戦力になったかもしれないんだけどな・・・」

淡々と告げられた言葉に同意するようにガイが言う。
ガイの口からアッシュという単語を発せられた時、すごく胸が痛んだ。
俺を連れて行くことを渋っている男性二人にティアが控えめに口を挟んだ。

「私は取り敢えず連れて行ったほうが良いかと・・・」

「・・・そうですね。ここら辺で放り出して死なれても後味が悪いですしね」

「じゃ、行くか」

ティアの意見に同意した二人はじっと俺を見ていた。あんまりの言い草に反論したかったけど、そこは
懸命に堪えた。邪魔者扱いされてしまう現状は解ってるつもりだけど、けど今のは酷すぎるだろ。

「邪魔しなきゃ良いんだろ」

ぶっきらぼうに言うと、ジェイドはにこりともせずに当然ですと冷たく返してきた。











「うわぁ・・・何でルークが居るのぉ?」

顔を合わせて早々にアニスが心底嫌そうな顔をした。
俺が付いてくる事に最初は嫌そうな素振りを見せていたけど次第に俺を意識しなくなったのか、アニス
は教会内を歩いている間はイオンの名前を連呼して走り回っていた。
銅鑼を叩いて敵に不意打ちを食らわせたりバタバタ複雑な造りをした教会内を駆け回ってナタリアとイ
オンを無事に救い出す事ができた。
ナタリアは俺を見て、やはり複雑そうな表情を浮かべたけど何も言わなかった。その隣でイオンは小さ
く俺に笑いかけてきた。
そう、思いたかった。



皆の輪には未だ溶け込めそうに無いけど、やれるだけやろう。



アッシュは今どうしているだろうか・・・。










***************










草原をダアト港へ駆け抜けながら俺は背後を振り返った。




残してきたアイツはちゃんとやってるだろうか。





状況を飲み込めずに唖然とした顔をしていた赤毛を思い出して走りながらも思わず苦笑してしまう。
まさか<俺>まで来ているなんて思っても居ないのだろう。
それ以前にまだ気が付いていないはずだ。
・・・もの凄く混乱はしているだろうけど。



一回も休みを入れることなく只管走り続けていた先に、目的地である港が見え始めてきた。

より一層スピードを速めながら、俺は祈るように呟いた。





「お前たちが無事に戻れる事が俺の何よりもの望みだよ」





だから、どうか、どんなに辛い境遇にあっても負けないで欲しい。



俺は何時だってお前の味方だからな、ルーク。



お前が挫けて躓いた時には手を差し伸べてやるから。






だから・・・頑張れ





















実は使用人も逆行していたり。何て予想GUY!(・・・
もうこれ以上逆行するキャラは増えません。
しかしアシュルク要素が無いように感じられるこの展開
を早く終わらせたいです切実に。

next→

03.20